距離。

7月、8月と現場が続いた。道民五関担3年生、順調に遠征への躊躇いが無くなっている。

おたくをしていると、住んでいる地域と現場の距離について考えて白目剥いてることが多いんですが、何やら今シーズンはここまで席運が偏っているらしく、アイドルを近くで観賞する機会が多かったのでそれについてつらつら書く。

 

 

7月の「奇子」は紀伊国屋ホールの2列目で、近すぎてちょっとよくわからないですって感じで…まあ内容に飲まれてビジュアルを堪能するどころではなかったんだが(自分の意思でスタオベできないレベルで憔悴してた)。あれは仁朗さんとして見ていたということなのかな。カーテンコールでも緊張を崩さない座長の顔でそこにいたから、こちらも最後まで緊張しっぱなしだったな。

本当にこの作品は私にとって宝物になった。劇場の雰囲気も含めて最高で、心から「行ってよかった」と思わせてくれた。五関さん、導いてくれてありがとう。

 

翌月、A.B.C-Z Going with Zephyrツアーの仙台公演では、1階下手の通路やお立ち台付近の席。肉眼で細かいところまで見えてしまうほどの近さを、生身のアイドルが駆け抜けていく。そこを通った全員に沸いたけど、後半でとっつーが来たときは「ンガワイイイイッッッ!!!」ってけっこうでかい声が出てしまった…

ただ、前半で五関さんがお立ち台に来たときは、紀伊国屋とほぼ同じくらいの距離なのに全く違う緊張が走って、買ってすぐ着たZephyrシャツの中で汗が流れるのを感じていた。たぶん口も開いてたし、ペンラを持つ右手はほぼ意思と関係なく動いてた。左手に持っていた、一緒に入った子が作ってくれた「ごっち」うちわは"胸の高さ"の上限と思しき位置まで上げていたと思う。

どうか顔は見ないでくれ、でも文字は見てくれ。

彼の視界の中で「"自分のファン"という景色」になっていればいいなという一心だった。

五関さんはおそらく私の前の席の子にファンサした(彼女が跳ねて喜んでいたので)。視線は交わらなかったけど、その二人の延長線上にいた私は、真正面から見たその顔がダラダラ汗を流しているのを見て、失神するかと思った。この人が生きているという実感が、自分の腋からさらに汗を噴出させた。人の汗見て我が汗かいて。もうびしょびしょぐしょぐしょですわ。

 

 

私が彼らのコンサートならではの「近さ」っていうものを初めて実感したのは、去年のLBT札幌公演。ステージや通路から近いわけでもない席で観ていて、そのときは物理的なことよりも心理的な意味で近さを感じることができた。5人それぞれのキャラクターでファンを愛してくれているのがわかるコンサートだったから。

それは私みたいな人間にとって、ものすごく心地良い距離感だった。基本的に近寄りすぎて我を忘れてしまうことに怖さを感じているから、遭遇したいとも思わないし触れるなんてもってのほかなのである。

でも、1月のLBT横アリでスタンド席の我々に、トロッコからふみとが笑顔で視線をくれ(た気がし)てから、そういうことに喜びを感じる楽しみ方もあるんだなと理解し始めた。だって普通に浮かれちゃうよね、あんなん。

※ちなみに、「奇子」のスケジュールに合わせて観てきた「SHOW BOY」でもとんでもない席を引いたんだが、容赦なく観客と目を合わせてくる辰巳雄大さんには震えた。あのひとすごい。ショウの最中、本当に余すことなく目線をくれる。彼らは子供のころからずっとそういう生き方をしているんだって、あの一回で思い知らされた。

 

 

 

10月はジャニーズ伝説。この記事を投稿する前日にチケットが届いて、やっぱり今年で物理的距離に関する運を使い切ったと確信した。そういうことならば、今までみたいに極端に怖がりすぎずに、目の前にいてくれるアイドルと彼らが見せてくれるものを楽しんでこようと思う。

それが終わって帰ってきたら、いま満喫している人生の休暇の、その後について動き出そう。楽しいことを素直に楽しいと言えるうちに。自宅から東京までの約1,000kmを愛おしいと思えるうちに。